ペンのまにまに
ギターのような飯へら
 ただいまJR秋田駅前フォンテ秋田1階のギャラリープリモで「くらしの木工芸」という小木工品の展示販売会が開かれています。作者は五城目町の伊藤誠さん。材料は五城目の森のスギ、ヤマザクラ、ケヤキ、カツラなどなど。
それぞれの材料にそれぞれの風情あり。
なかでも目を引くのは天然秋田杉の木目の美しさ。さながら、フレタやラミレスのクラシックギターの銘器の趣きです。
写真はギャラリープリモで展示販売中の天然秋田杉の飯へら。税込み1枚660円。
2024/7/30(Tue)
八千代
 八千代は名水の町として知られる秋田県六郷町の地酒。
大正4年、大正天皇即位の御大典の年に創業し、戦時統制の休止を経て昭和22年に再開を果たし、平成29年まで操業を続けた。酒銘は「君が代」の一節に由来する。
その旧二級酒の酒銘ラベルはひげ文字で書かれた伝統の図柄。小印(こじるし)には「名聲布四海」の文字。「この名の誉れが世界の四大海に渡りますように」と刻まれていた。
今年はフランスはパリ。響き渡る日本国歌には誠に不遜ながら、選手の祝福はもとより失われた一地酒を想うのである。
写真は秋田県六郷町の八千代酒造。(平成31年撮影)
2024/7/23(Tue)
古シ泉ハ 新タシ 水ハ
 柳宗悦の心偈(こころうた)の一句。
「古い古い泉ではあるが、湧き出る水に、いつだとて古さがあったことはない。古さと新しさは、とかく相争うが、新しさも、やがて古くなる新しさなら、本当の新しさとはいえまい。古人はこれを「永遠の今」といったが、この「永遠の今」には古今の別はなくなる。古からずして新しいようなものは、未だ新しいとはいえぬ」。
写真上は2018年、秋田県美郷町の学友館(写真下)の特別展「民藝のモノと思想」に展示された柳宗悦直筆の掛軸。(青森市つがる工芸店蔵)
梅雨の合間のひと時、心偈も学友館も、ともに永遠の佇まいです。
2024/7/17(Wed)
芹沢銈介の装幀本
 いま、東北福祉大学ギャラリーミニモリで芹沢銈介美術工芸館の出張展示「芹沢銈介 本の装いと挿絵の世界」が開かれています。7月21日(日)まで。
柳宗悦の著作本はもとより、川端康成、司馬遼太郎、獅子文六、山崎豊子などなど身近な作家の著書が芹沢文様を纏って並んでいます。展示総数150点。
大通りに面したそのギャラリーは、それと知らなければおしゃれなカフェかレストランの佇まい。展示も文句なしのおしゃれ展です。
写真は『工藝』創刊号(1931年)。柳宗悦の勧めで始めた芹沢銈介の装幀仕事の最初の作品です。
2024/7/9(Tue)
大衆文化
 いま、JR秋田駅前のフォンテ1F、ギャラリープリモで「80年代カルチャー誌」という展示会が開かれています。7月15日(月/祝)まで。
1980年代はサブカルチャーやポップカルチャーと呼ばれるいわゆる大衆文化の時代。言論も文化の創造も、一部の権威や選ばれた人たちから大衆の手へ移っていった時代です。
本展はその移行を担った雑誌の展示販売会。
当時を知る人は「んだったなぁ」と相槌を打ち、知らない人は「んだったながぁ」と40年前に思いを馳せる雑誌の数々です。
写真は1988年発行の流行通信「オム」創刊号。
2024/7/2(Tue)
志賀さんをしのんで
 民藝店の老舗(1933年創業)たくみの社長で東京民藝協会の会長だった志賀直邦さん(2020年逝去)を追悼する文集『志賀さんをしのんで』が6月15日、東京民藝協会から発行されました。
全国から寄せられた追悼文19編。巻頭にはマーティ・グロスによる「志賀直邦インタビュー」、「撰述・志賀直邦」3編。
藤田邦彦氏(同会会員)の編集意図がしっとりと感じられる、そして志賀さんともう一度お会いしたくなる追悼集です。
2024/6/25(Tue)
本日のわくわく探検室
 本日6月22日(土)、秋田県立博物館のわくわく探検室で「樺細工のストラップづくり」が行われています。企画展「美の交差点-博覧会とあきたの工芸」の付帯事業。
作業手順は樺職人さながら。「コテ」は代用の電気アイロンながら、樺の接着には「ニカワ」を使う伝統技法。
さきほど午前の部、定員10人が無事に制作完了しました。
写真は講師の八柳慶子さんです。
2024/6/22(Sat)
80年代カルチャー誌
 今週6月22日(土)からJR秋田駅前のフォンテ秋田1Fで「80年代カルチャー誌」という展示販売会が開かれます。
まだ「インターネット」という概念がない1980年代、時代を先取りする情報を提供すべく有相夢相の雑誌が発行されました。
今回の展示は「サライ」(写真)や「ゼロサン」等々、聞いたことのある雑誌、聞いたことのない雑誌、全20誌37冊。
トイレットペーパーと交換を免れた珠玉の古雑誌をギャラリープリモのLEDランプが照らします。
2024/6/18(Tue)
佐久間藤太郎
 民藝陶器の巨匠濱田庄司が栃木県益子町にやってきたのは大正13年(1924年)のことだった。半農半陶の田舎町のこと、大学出のハイカラな男を誰もが訝ったが、一人佐久間藤太郎はそのよそ者を暖かく迎えて共に作陶に励んだ。
のちに益子が「陶芸の町・民藝の町」と呼ばれるのは濱田のおかげに違いないが藤太郎のおかげにも違いない。
濱田は益子でも京都でも沖縄でもイギリスでも、どこに在ってもその作行には個性よりも土地柄を求めた。
写真は佐久間藤太郎作の湯呑み。
藤太郎の「草文」はまさに濱田の求めたものであり、濱田の「唐黍文」に劣るところはない。
2024/6/11(Tue)
角館八柳商店
 昭和9年1月、民藝の創始者柳宗悦は東北各地を訪ねて手仕事の現場を探り、訪問先を「北國品物取扱ひ店」(柳宗悦全集第11巻)に著しました。
秋田県角館町の八柳啓治商店(現八柳商店)はその一つ。「樺細工を売る。下駄その他、此の店高からず」と紹介されています。
この八柳商店の樺細工小物は現在、当ミュージアムショップで展示販売されています。
また、6月22日(土)には秋田県立博物館わくわく探検室で「樺細工のストラップづくり」が開かれます。参加費500円。お問合せ・お申込みは秋田県立博物館へ。
写真は角館八柳商店の店舗。ストラップづくりの講師も八柳商店です。
2024/6/4(Tue)